2001年(平成十三年)

『昔の男』より(抜粋)/内館牧子 - Makiko Uchidate -

嵐は『ゴーリキー』のドアを開けて、店内を見渡した。
ボックス席には五、六人の客がいたがカウンターは空いていて、中に渡夢がいた。
「よぉ、一人?」と、前に座った嵐に渡夢が笑顔を見せた。昔と変わらない。
「うん」
「めしは?」
「食欲ねえ」
昔、こんな場面がよくあったと思いながら、「ズブロッカ!」と注文し、「これ、渡夢に返しに来たんだ」とカウンターに白い封筒を置いた。『渡夢へ、五万円也』と書いてある。
「なんだよ・・・・五万円?」
「うん。俺、あかりにふられて荒れてるとき、渡夢がいっつもめし食わせてくれた」
「・・・忘れた」
「俺は覚えてる。いつだったか、渡夢、『まとめて五万円、出世払いにしてくれよ』って」
「忘れたよ」
「払える程度に出世した。この間はあかりがいたから返せなかったけど、サンキュー」
嵐の目をみつめていた渡夢は、黙って封筒をしまった。

※劇中『どん底』をモデルにした酒場『ゴーリキー』での店主渡夢と学生時代からの常連客との会話。まるで相川氏と常連との会話を聞くようだ。

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カードをもって『どん底』へ/柳川慶子 - Keiko Yanagawa -

矢野智さんが新宿で『どん底』を始めた頃、義父・本郷新と智さんとの出会いがあったそうです。お酒を飲まない本郷新が息子・本郷淳と同年代の智さんとどんな事で気が合ったのか分かりません。なんでも智さんは若い頃、彫刻を勉強した事があったとか・・・。

近年は絵画的な書の展覧会を開催する事もあり、去年の銀座での個展の折には新の孫つまり私の息子は搬入などのお手伝いをしていました。

夫・本郷淳は智さんとスキーに行ったり旨いものを求めて国内外のあちこちを旅していました。新から淳へ、そして今は二人の息子が矢野さんを慕っています。

私は『どん底』のお客としてではなく智さんとは胃袋でつながっている感があります。同じ世田谷の住人で旨いもの・珍しいものがあると届けてくれたり、時には我が家の台所で調理してくれたり、旨いものイコール智さんという関係です。

世田谷だけではなく、マドリッドの智さんの家で食べるざるそば・揚げ物・魚の干物・目覚めに飲ませてくれる特製の生ジュース・・・きり無く旨いものがあります。

私の家族はマドリッドで食べるスペイン料理ではなく、マドリッドで食べる日本の家庭料理をご馳走になってきました。
三世代に渡るお付き合いのおかげで今年の春、二世代目の私には二割引、三世代目の息子達には三割引のカードを『どん底』から頂きました。息子達は三割引のカードでピザや、じゃがベーコン(どれも絶品)を食べるのを楽しみにしています。

『どん底』のお客さん、どうぞ永く通うと三割引、四割引、果ては半額になるという特典がありそうです。頑張って『どん底』通いに精を出してください。きっと良い事があります。

智さんを含め二世代も、もう先が知れません。一〇年毎じゃなくこれからは五年毎の祝賀会にして下さい。

智さん、いつも旨いものをありがとう。
五〇周年おめでとうございます。

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